The Source 人工知能
記事

なぜ保険業界でAIが成功するのか?データが豊富な環境を活かしたAI導入戦略とは

保険会社が従来の課題をAIで解決し、業務効率性と顧客体験向上を実現するAI基盤構築のポイントをご紹介します。

April 24, 2025 3分で読めます
George Kichukov
George Kichukov Field CTO

保険業界には、AI変革を実現する大きなチャンスが広がっています。膨大な顧客データ、複雑な数理計算モデル、入り組んだ保険金請求処理、厳格な規制要件など…これほどの要素が組み合わさっている業界はほとんどありません。だからこそ保険業界は、AIによる自動化や高度な意思決定支援ツールを活用する上で理想的な土壌と言えるでしょう。

私がこれまで見てきた保険業界の成功事例には共通点があります。それは、強固な基盤の上に戦略的にAIを導入しているという点です。このアプローチを取ることで、業界のリーダー組織は、複雑な技術エコシステムと変化し続ける顧客のニーズの間を効果的につなげられるようになりました。

戦略的にAIを導入することで、保険業界のバリューチェーン全体にわたって、変革的なメリットを実現できます。

  • 業務効率の向上:これまで複数回の手作業による確認が必要だった複雑な引受判断を自動化し、AIによるドキュメント分析と不正検出の自動化によって、保険金請求の処理時間を大幅に短縮
  • イノベーションの加速:リアルタイムのリスクモデリングに対応した保険商品の実現や、行動データに応じて保険料を動的に調整する保険を開発
  • 顧客体験の向上:初回損害通知(FNOL)のような手間のかかる手続きを、AIによる損害予測評価や透明性の高い請求追跡機能によって、スムーズなデジタル体験へと変革

そして何より重要なのは、AIが従来のシステムと最新のクラウド技術をうまくつなぎ合わせ、これまで蓄積してきた重要な業務ノウハウを活かしながら、新たなイノベーションにも対応できるようにする点です。

多くの保険会社がつまずく理由

こうしたメリットがあるにもかかわらず、保険業務にAIを導入するのは決して簡単ではありません。最大の障害は技術そのものではなく、AIの導入先であるシステム環境がバラバラであることです。 特に保険業界では、この情報の断片化が深刻です。重要なデータが、従来型の契約管理システムから、最新の顧客管理(CRM)システム、保険料計算システム(レーティングエンジン)、請求管理ソフトウェア、さらには外部のデータプロバイダーに至るまで、一般的に10個以上のシステムに散らばって保存されています。

さらに、業務プロセスの複雑さがこの課題に拍車をかけています。たとえば、契約更新の手続きを考えてみましょう。見積もりシステム、引受判断のプラットフォーム、書類管理ツール、決済システム、顧客とのやり取りを行うツールなど、複数のシステムを行き来する必要があります。これらの間をつなぐたびに、情報が抜け落ちたり、うまく連携しなかったりするリスクがあり、AIが本来の力を発揮することが難しくなっているのです。

加えて、保険業界は規制が非常に厳しいという特性があります。データプライバシー、AIの判断根拠の明確化、保険料の算定基準における差別禁止法など、さまざまな規制がAIの導入方法に大きな影響を与えています。しかも、多くの保険会社はいまだに何十年も前のシステムを使い続けており、それがデータ統合や最新AIの導入を妨げる大きな壁となっているのです。

基本に立ち返る

AI導入を成功させるには、単に新しい技術を導入するだけでは不十分です。組織全体の基本的な要素を強化する必要があります。 ここではソフトウェア開発を例にとり、特定業務に特化した戦略について見ていきましょう。

統合プラットフォームアプローチ

ソフトウェア開発ライフサイクル全体でツールを統合することで、保険業界でのAI導入に理想的な環境が整います。技術部門とビジネス部門が同じプラットフォーム上で連携すれば、AIアシスタントはコード、要件、セキュリティスキャン、ソフトウェアのビルド、環境へのデプロイ、テストなどに関するデータへ、従来はバラバラだったツール群をまたいでアクセスできるようになります。こうした部門をまたいだ情報の見通しが良くなることで、AIモデルはより多くの背景情報を取り込むことができ、分断された環境では実現できなかった高度な判断やサポートが可能になります。さらに、セキュリティ部門やリリース部門も、AIを活用した脆弱性の説明や修正、根本原因分析なども、同じインターフェース上で完結できるようになります。

共通のデータ基盤

効果的なAIを実現するには、共通のデータモデルが欠かせません。業務プロセスの標準化に加えて、保険会社は契約管理、請求処理、顧客対応といった各システムで、データの構造、保存方法、アクセス方法を統一する必要があります。こうした統合されたデータ基盤があれば、AIツールは一貫性のある情報を扱えるようになり、要件の収集からデプロイ、モニタリングまで、ソフトウェア開発ライフサイクルのあらゆる段階で有益な分析結果を提供できるようになります。すべてのアプリケーションが共通のデータ定義と関連付けを共有していれば、AIはこれまでバラバラだったシステム間に関連性を見出し、パターンを識別し、従来の分断されたデータ構造では実現できなかった高度な分析を行えるようになります。このアプローチによって、AIによる機能強化は単なる「新しい技術」にとどまらず、規制要件を満たしながら、実際のビジネス価値をしっかりと創出するものになります。

コラボレーションによる安全対策の設置

現代のソフトウェアデリバリーでは、チーム全体で連携することで、ソフトウェア開発パイプライン全体にわたる安全対策やチェック機能を自然に組み込めるようになっています。たとえば、コードレビューのような手動またはAIによるチェック工程を導入する際、AIツールはコードの変更が技術基準に沿っているかどうかを自動的に検証し、人間の専門知識を補完する形で機能します。要件定義からデプロイに至るまで、こうした安全対策は職務分離(SoD: Separation of Duties)が確保されていることを検証し、開発プロセスを滞らせるのではなく、むしろスピードアップさせる役割を果たします。このようなコラボレーションに基づくアプローチにより、AIは各開発フェーズにおいて信頼できるパートナーとなり、同時に、規制が厳しい環境で不可欠な人間による管理も維持することができます。

AIの導入を進める際には、単に技術を取り入れるだけでなく、こうした基本的な要素にも同時に取り組むことが重要です。効果の高い分野に焦点を当てながら、業務の基盤を着実に強化するという戦略的なアプローチを取った保険会社こそが、今後もっとも大きな競争優位性を手にすることになるでしょう。

Frequently asked questions

主要なポイント
  • 保険業界は、複雑なシステム環境、厳格な規制要件、サイロ化したデータなど、AIの導入において独自の課題に直面しています。成功している企業は、業界やユースケースに特化したアプローチを採用しています。
  • AIを効果的に導入することで、保険のバリューチェーン全体で、業務効率の向上、製品開発におけるイノベーションの加速、顧客ごとに最適化された体験の強化など、変革的なメリットが得られます。
  • AIの導入を成功させるには、単に技術を導入するだけでは不十分です。複雑なワークフローと現代の顧客の期待とのズレを解消するために、プロセスの簡素化、システムの戦略的な統合、コンプライアンス制御の組み込みが必要です。